『あかちゃんまん』がいかに革命的な存在かという件

『あかちゃんまん』がいかに革命的な存在かという件

 

どうもこんにちわ、INAZOOです。

 

 

さて、今回は全国のちびっこたちの永遠の謎と有耶無耶にされがちな問題、『あかちゃんまん』について論じていきます。みなさん、あかちゃんまんをご存知ですか?いいですか、赤ちゃんマンじゃないですよ、あかちゃんまんです。だって赤ちゃんだから。

 

 

スクールオブ俺
今日は、

結構めんどくせー感じな

 

 

まずはこちらのリンク先をご覧ください。世界で最も詳しく、そして愛を以ってあかちゃんまんを説明しているサイトです。

 

 

あんぱんまんDB

 

 

そもそも、アンパンマンだけにフォーカスしてデータベースを一般公開してくれてる、あなたは神ですか?と思わず口にしてしまいそうな衝動を抑えて、ありがたい情報を参考にさせてもらいつつ基礎知識をおさらいします。(以下基礎データについては、全てあんぱんぱんDB様から引用)

 

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『あかちゃんまん』基礎データ

まずはあかちゃんまんの基礎データから。しかし、今回の記事で最も争点になるポイントだけは一旦棚に上げて、次項でより焦点を当てて取り上げます。

 

あんぱんまんDB様の情報によると、あかちゃんまんはアンパンマンに登場するキャラクターの中でも最強キャラ候補の一人とのこと。なにせ、作者たるやなせたかし氏的にも最強という位置づけのようです。では、なぜ最強なのか。それは、物語の主人公たるアンパンマンでも食らえばただでは済まなそうな巨大な金槌を片手で無反動で受け止めたり、アンパンマンなら当然避けるようなドリル攻撃を真正面から受け止めて逆回転させる描写があるとのこと。

 

それどころか、バイキンマンがあかちゃんまんからの攻撃を回避するために、アンパンマンを人質に取ることすらあるようです。これがいかに最強かと言うと、比喩するまでもないのですが、クリリンの子供(マーロン)を恐れるあまりに、魔人ブウが悟空を人質にとるがの如き強さと意外性を帯びている、と言い換えることができます。

 

 

バブリー
クリリンって子供いるの?ww

 

一方、その圧倒的強さを強調するかのように、弱さも極端とのこと。どうやら、エネルギー切れになると元の無防備なただの赤ちゃんに戻ってしまうようです。この強さのアンバランスと即席性は、後のアニメにも多大な影響を与えたとか与えてないとか・・・。これは僕の持論ですが、ワンピースのチョッパーも同じ方程式に当てはめることができますよね。

 

また、あかちゃんならではのかわいい部分もあります。非常に正義感が強い一方でとても気が散りやすく、いきなりお手伝いをやめてちょうちょと戯れたり、戦いの真っ最中におなかをすかせて泣いたりと、突然予想外の行動をとり始めることが多いようです。まぁ普通であればメンヘラ確定なのですが、そこは最強キャラであるあかちゃんまん。赤ちゃんですから。その実に身勝手な性格も納得です。

 

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性別についての見解

さてここからが本題になります。はい、全国のちびっこ達の永遠の問題・・・「あかちゃんまんは男の子なのか、女の子なのか」。

 

恐らくこの問いを投げかけられたパパ・ママはその自身の思考タイプにより2パターンの回答をお子さんに展開するのではないでしょうか。

 

具体的には、エビデンス重視の真面目なパパ・ママは男の子と断定するでしょう。なぜならば「あかちゃんまん」だから。manは男性を表す単語です。さらに、厳密に言えば男の子どころか男性なのです。つまり、boyではなく、manなのだからそこには児童(15歳未満)ではなく、少なくもと年少者(15歳以上18歳未満)以上であることが伺えます。

 

一方、小難しい理屈などは置いておいて、見た目や印象を重視するパパ・ママであれば女の子と断定することになると思います。むしろ、あかちゃんまんという名前を聞く前のお子さんやパパ・ママは、間違いなくこのキャラクターを女の子とみなすことでしょう。理由は見た目です。ピンク色の産着を身にまとい、ヒラヒラのスタイ、まん丸とした大きな瞳、少し茶色のウエーブの利いた髪型。この要素は一般的に女の子を表現する際に用いられるものだということは社会通念上一般的です。

 

権利関係及びよりフラットな形でこの問題に向き合ってほしいためにここでは「あかちゃんまん」の画像を掲載するのを差し控えさせていただきますが、上記説明よりどうか読者の皆様におかれましては自身でお持ちの想像力と記憶をフル活用してイメージしていただきたい。

 

このようにあかちゃんまんの性別を巡る2つの見解があることを理解した上で、改めて僕の意見を申し上げるのであれば、あかちゃんまんはやはり「男の子」だと定義します。尚、勘違いしないでいただきたいのが、男性ではなく男の子という点です。

 

まずは、男か女かという性別については、やはり本質に目を向けます。つまり、見た目や社会通念という概念的な要素から性別を断定するのではなく、生みの親たるやなせたかし氏の思いにフォーカスします。よく考えていただきたいのが、アンパンマンに登場する各種キャラクターの名称について、性別の切り分けは明らかになっているという点です。つまり、ドキンちゃん、コキンちゃんといった具合に、女の子を指す際には明確に「ちゃん」という呼称を使用しています。しかし、「ちゃん」という呼称自体も決して女の子を指す言葉でもありません。小さなお子さんには性別関係なく「ちゃん」を付けるはごくごく一般的です。この点を裏付ける要素としてはいくつかありますが、一つ例を挙げるのであれば、本作において、コキンちゃんがドキンちゃんを呼ぶ際に「お姉ちゃん」と呼ぶ点にあるのではないでしょうか。お姉ちゃんと呼ぶことが必ずしも女性と断定するわけではない、という論旨を展開されてしまえばそれまでなのですが、ほぼほぼ「ちゃん」付けしているキャラクターをやなせ氏が女の子として設定していることが確実と見ても差し支えないでしょう。

 

さらに、あかちゃんまんの持ったそのパワーや強さについて、これは性別が関係する部分も大いにありますが、大きく起因する部分はboyではなくmanであることではないでしょうか。つまり、身体の発達や筋肉量という意味で、あかちゃんまんの実態は15歳以上の年少者だという仮説です。物語の登場人物と比較するのであれば、アンパンマンや食パンマン、カレーパンマンなどと同世代ということです。つまり、「あかちゃん」という子供を彷彿とさせる外見の設定ですが、実態としては15年以上生きている存在であり、何らかの力が及ぶことによって赤ちゃんのような特徴を帯びてしまった、という風に理解できるのではないでしょうか。

 

先述した特徴である、エネルギー切れになって赤ちゃんになるという事象は、むしろ、デフォルトは青年だが、赤ちゃんになってしまう魔法をかけられてしまい、時間制限付きで通常運転たる青年モードを保てないということではないでしょうか。

 

少々解釈が複雑になりましたが、結論を整理すると、あかちゃんまんの実態は15歳以上の青年であるが(boyではなくman理論)、何らかの背景や経緯があって赤ちゃんになってしまった。つまり、物語の中では「男の子」であり、その実態は「男性」だということです。

 

あかちゃんまんから見えてくるジェンダー論とは

あかちゃんまんを一目みて、「女の子」とみなす考えやその思考背景は、正にジェンダーです。

 

「ジェンダー」、社会的な意味合いでの性別であり、僕たちの潜在意識に漫然と横たわる女性とは、男性とはという理解や定義を指す表現です。社会学を専攻していた方であれば常識かもしれませんが、ことアンパンマンを常時視聴するようなお子さん世代には馴染みのないテーマであり、それを言語化して理解することができるお子さんは稀ではないでしょうか。

 

ジェンダー論を語る上で、最もポピュラーな例示は、わが国のトイレの標識でしょう。

 

 

 

青が男性で、赤が女性、これが一般的な社会通念上の理解です。但しわが国では。一方次のような標識の国もあります。

 

 

つまり、色は然程関係ないということですね。また、国によっては女性だけではなく男性もスカートを履くという認識もあり、一概に世界共通の認識を定義するのは難しいものです。

 

このようにわが国は男性らしいもの、女性らしいものの認識が非常に強く区別されてしまっている中で、あかちゃんまんという子供向け番組に登場する聖なるキャラクターが投じるものは、乳幼児のジェンダーに対する認識のフラット化です。

 

子供の時と言うのは、男か女かという概念は然程重要ではありません。同じくらいのお友達である等の違いで、異性に対する明確な区別を言語化することはおろか、認識も然程されていないものです。

 

これはあかちゃんまんにおいても言えることで、子供にとってあかちゃんまんが男の子なのか、はたまた女の子なのかという問題は大した問題ではないのです。しかし、年を取るにつれて、当然のように先に掲載したトイレの標識を無意識に男女で区別するようになります。

 

ここで必要なのは、親子であかちゃんまんの性について考え、咀嚼し、一つの定義をその家庭独自の言葉で創出することではないでしょうか。つまり、こんなに恰好な題材を後の子供の社会教育に活かさない手はないということです。

 

安易に使うべきではないですが、子供が受け入れるべき多様性をより身近にポジティブな感情と共に咀嚼できるのがあかちゃんまんなのです。そういった問題定義を全国、全世界に投げかけたあかちゃんまんや生み親であるやなせたかし氏は本当に偉大な存在です。

 

ピンクの色をした服やひらひらのスタイ、まん丸で大きな瞳やクルクルした茶髪、こういった要素を見て、この格好や見た目だからといって、女の子なのだろうか、男の子でない理由は何?という議論を子供とできるということは、間違いなくお子さんにとってプラスの影響を及ぼすことになります。

 

なぜならば、仮にお子さん自身が将来的に女の子であることに悩んだり、学校などのコミュニティでこれから出会うかもしれない男の子とも女の子ともとりづらい同級生を無下に仲間外れにしたり、といった問題を排除できるからです。また、親子での議論や定義づけ次第では、この多様性の概念はグローバル思考にも通じるものと言えます。

 

僕たち親は、あかちゃんまんを通して子供と、これからの世の中の多様性について真剣に考えないといけないのです。一番のゴールは、あかちゃんまんの性別など特筆すべき問題ではない、という常識が親子の中で、社会の中で浸透することです。

 

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あかちゃんがする問題提起

以上のように、あかちゃんまんが社会に落とす波紋の広さは計り知れません。おそらく、記事を読んでいる方の年齢が高ければ高い程にこの問題は明確なはずです。

 

また、この記事に辿りついた時点で、一定の偏りのなるジェンダーの持ち主たる自分を認識しないといけないのかもしれません。さらに、あかちゃんまんから自分の性の悩みをポジティブに捉えることができる人も当然のようにいるでしょう。

 

僕たちが考えている当たり前を、身近なキャラクターから考え直し、改めて咀嚼する。これは次の時代を生き抜き、様々なタイプの人間を受け入れ、共に成長していくという新たな“常識”を世の中に定着させるための重要な要素だと言えます。

 

あかちゃんまんは単なる一キャラクターとして捉えるのではなく、従来のジェンダーや多様性に孕んだ戦後日本社会に漫然と残っってしまった悪しき概念を見直す一つの重要なきっかけの一つとして捉えるべきなのです。

 

それでは、また。