坊主にして合理性を極めろ。

坊主にして合理性を極めろ。

どうもこんにちわ、INAZOOです。

 

 

突然ですが、私いなだ31歳、

このたび、坊主にしました。

 

 

嫁とこのバリカンのコラボによって安定のBOZUになりやした。

 

いなだナウ
WHY!!!?

俺!!

ホワイッ!?

 

 

20番
まぁ・・・

禊をするだけの理由はある。

 

 

様々な憶測を呼んでいるところだと思います・・・。

 

 

スクールオブ俺
いや、呼ばねーよww

誰だよお前っ

って話だよ!ww

 

 

それでは、31歳妻子有で広告代理店プランナーの僕が、何故坊主にしたのか、理由や効果について論じていきます。

 

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私の頭が坊主になった理由

また違う意味ともとれる写真・・・

 

今回僕が、今更ながら坊主にした理由は、三つあります。

 

 

謙虚さを取り戻すため

余計なことを考えないため

決意と意識を再確認

 

 

いなだナウ
確かにお前は前科者だが、

いったい急にどうした!?

 

 

 

前科!?ってなった人はコチラを  ↑

 

謙虚さを取り戻すため

ここ最近の僕は、ひどく傲慢でした。

 

それは、ジャイアニズムの様な傲慢さというより、自信過剰という表現に近いかもしれません。特に仕事場において、自分のアイディアが影響力を持ち始め、自分の意見が会議や社内でのパンチラインになる状況、いわば軽い無双状態にいたわけです。

 

しかし、これは正に「小山の大将」。否、「砂場の大将」ですね。ものすごく狭い極小コミュニティの中で、自分よりも思考力が乏しい人たちを相手に味わう優越感。そもそも、自分より思考力が乏しいって・・・その発言自体が傲慢ですね。

 

いつしか、そんな傲慢さが仕事での発言や、依頼の引き受け方等、様々な場面で横柄で偉そうな姿勢に変わっていってしまいました。

 

そんな折、社内での同僚や後輩、先輩、上司等の接し方が、腫れ物に触るような雰囲気になってきたのを感じ、いつしかそんな状況が知らず知らず自分のストレスにもなっていき、結果的に会社否定という形で発散していました。

 

勿論、僕が会社やその他の社員に対して抱く不満や改善点は間違ってはいないと思っていますが、その方法や表現の仕方があまりにも多様性を重んじていない、傲慢なものでした。

 

そのうち、会社だけに飽き足らず、家庭内でも子供の何の気ない発言や言動に、妙に苛立ったり、仕様もないプライドが傷ついたり、舐められているのでは?といった感情を抱くようになりました。

 

 

これはまずい。

 

 

 

仕事場だけなら未だしも、家庭、ましてや2歳の子供に対して傲慢になっているのは、最低最悪。

 

 

僕はこの状況を眠っている息子の横で、妻としばらく話し合い、何故僕が傲慢になっているのか、どういった感情から起因しているのか、この辺を因数分解して、一つの解に辿り着きました。

 

 

 

それが、謙虚さです。

 

 

 

そして、謙虚たる姿勢、人への感謝の気持ち、この感情を改めてある種、力づくでも自分に降臨させるため、坊主にするという手法を選びました。妻と話をした後すぐに、バリカンで刈ってもらいましたね。

 

 

僕の中で『坊主』という髪型は、潔さの権化みたいな位置づけです。そして潔さは、変なプライドや人からどう見られたい、どう思われたい等と言う打算的な要素のない様であり、素の自分を認め、曝け出す行為あるいは精神だと捉えています。

 

つまり、この上なく謙虚なスタイル、それが坊主なのです。

 

ワックスだのジェルだの軟派な整髪剤を許さず、自然由来のみで勝負する姿。

 

そして、整髪だのパーマだの人為的に繕うのではなく、あくまで生まれ持った資質たる頭の形で勝負するスタイル。

 

ベリーショートなんて表現は使いません。あくまで坊主。この漢字二文字のシルエットがもたらす、潔さと恥じらう心を捨てる姿勢、ここでいったん膨れ上がった自分の奢りというモンスターを仕留めたのです。

 

 

僕は今、今年一番に謙虚な気持ちでいます。

 

余計なことを考えない

坊主になると、余計なことなんて考えません。

 

そりゃ最初の一日くらいは、急に髪型が変わったわけですから、スースーしたり、周りの目が多少気になるものですが、それもすぐに終わります。

 

あとは、身なりの中でも最上位に位置する懸念事項、髪型という概念を取り払うことができます。これはすごく気持ちのいいものです。囚われていた概念から解き放たれる感覚、常識を打ち破る感覚(それは言い過ぎか)。

 

これは相当大きな断捨離です。いや、何千本もの髪の毛という意味ではなく、心の。普段の生活で、そして人生の中でもとりわけ気にとられ易い身だしなみの懸念点をを捨てるわけです。

 

何事においてもそうですが、余計なことを考える隙を与えなければ、集中して邁進することができます。今の僕に余計なことを考える必要はないのです。

 

年初の飲酒運転という過ちで勾留され、前科を背負い、間一髪職を失わずに済み、今に至っているわけですが、そんな最底辺にいる僕が、何を気にする必要があるのでしょうか。

 

今十分にかっこ悪い僕が、なりふり構わず動かないで、いったい何をするというのでしょうか。

 

謙虚になって当然、僕はこれからなりふり構わず爆進します。

 

という感じに、強い気持ち、雑念を振り払うのに、坊主は効果覿面です。

 

決意と意識を再確認

31歳になった時に書いたこちらの記事ですが、僕は社会での臨界点を経験し、家族や自分に誓ったことがあります。

 

それは、コチラの記事で ↑

 

そういった思いを改めて再確認する意味でも、坊主は最適です。つまり余計な要素を振り払い、本来の自分の目的や進むべき道を指し示してくれます。

 

余計な標識や石ころが多すぎたのです。この半年くらい。決して髪型のせいではありませんが、僕の様なすぐに傲慢になって、過ちを自分の中で風化させそうになってしまうバカ野郎には、このくらいの身なりの整理が必要なのです。

 

これは自分自身への、再度の誓いなのです。

 

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坊主がもたらす効果

 

では実際に、頭を丸めた結果何が生まれるのか。

 

それは、「気にしない心」です。

 

つまり、なりふり構わず、がむしゃらに行きたい人には鬼に金棒なのです。

 

先述しましたが、余計なことを考えずに自分の目的に邁進することができることも然りですが、物理的にも、髪の毛を乾かしたり、セットなんてものは必要ないので、そんな日常にある積み重ねると面倒な場面を一切排除することができます。

 

これは、究極に合理的な生活を送ることができます。

 

髪を乾かす時間、髪をセットする時間、髪を切りに行く時間、髪を切りに行くお金、どんな髪型にするかという選択。

 

これって、あなたの人生に必要ですか?勿論、生活に個性や色味を与えてくれます。しかし真に追い求めたい目標や到達したい境地がある場合、モデルとか芸能人になりたい場合を除き、基本的には要らない要素です。

 

僕はこれによって、朝4時に起きて、出社するギリギリまで勉強する時間に充てています。

 

時間ギリギリまで思考する、それは朝の整髪だの寝癖を直すだの、余計な準備に配慮する必要がないため、チキンレースで言うところの、崖の端まで全速力で駆け抜けることができるわけです。

 

坊主になれば、チキンレースでも最先端のところまでフルスロットルで駆け抜けることができますよ。

 

今後の運用について

 

どうせ、伸びてきたらまたスカシてツーブロックとかにするんだろ!?

 

と思われたと思いますが、しばらく坊主をキープしようと思っています。

 

勿論自分の目標が達成されるまでです。

 

今の僕は、かつての拠り所でもあった酒やタバコ、女、そしてヘアースタイルというあらゆる要素を断ちます。

 

なりふり構わず、がむしゃらに行くためです。

 

無論、家族のため、

僕に坊主になる気づきを与えてくれた妻のため、

 

自分の傲慢さゆえにその小さな心にショックを与えてしまった、息子のため。

 

いなだ、行きます!

 

 

それでは、また。