20代後半の異業界転職を成功させる小テク。

20代後半の異業界転職を成功させる小テク。

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どうもこんにちわ、結局、まじめなブロガーのINAZOOです~。

 

僕は今年で31歳(1987年生まれ)になります。そして、現在沖縄に住んでいます。

 

30歳にして沖縄に住んでいるという状況を、大学卒業時の僕は想像すらしていませんでしたが、この目まぐるしい環境の変化自体は、20代後半くらいから始まっています。

 

わずか9年の社会人生活において、僕が在籍した企業は4企業あります。

 

そして、業界としては全部で3業界(ITインフラ、WEB系ベンチャー、広告)を渡り歩いています。

 

この内2業界は、28歳以降で転職したものになりますので、見事に20代後半においてたたみ込むように異業種・異業界へ転職しています。しかも割とすんなり異業界にシフトし、控え目に言っても“戦力”として活躍しています。

 

今回は、そんな異業種・異業界への転職方法(転職後も含む)について自分の経験を踏まえて解説していきます。但し、あくまで小テクです。

 

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同業界への転職について思う点

 

僕自身、いきなり異業界へ転職をしたわけではありませんでした。

 

そして、必ずしも異業界への転職が正義でもなければ誇れる転職だとは限りません。いずれにせよ、その転職をポジティブなものにするための判断基準、決定的な指標は肌感だと思っています。

 

決して、勘や運を頼りにするのがテクニックということではなく、思考や好き不好きなどの合う合わないという要素が非常に大きいということです。そのため、まずは僕の実体験を通して、この肌感がいかに転職活動に影響するかという点について、説明していきます。

 

序章のつもりで本章を書いていたら止まらなくなってしまい、4,000字以上になってしまいました・・・。異業界・異業種への転職テクニックについての情報をご覧になりたい場合は適宜読み飛ばしてください。

 

 

元を辿ると、まず大学を卒業後、22歳で都内のIT企業に入社したことから始まります。

 

おそらくこの記事を読んでいる方なら十分に分かってもらえると思うので詳しく書きますが、IT企業といっても、分類としてはITインフラ企業に区分される業界です。

 

例えば、企業のメールサーバや販売管理システムなどが稼働している基幹系サーバなど、実に日の目の当たらない、IT業界でも際立って黒子役に位置する業界でした。

 

僕が入社したのが2010年でしたので、リーマン・ショック後の就職氷河期真っ只中でした。この時は何回書いてもお祈りされるES(エントリーシート)や、何回挑んでも落ちる1次面接なんかの影響で、相当自分に失望し、社会から必要とされていない無価値な存在なんじゃないかと卑下する毎日を過ごしていましたね。

 

恐らく僕だけではないのではないでしょうか? こういった思いをされた方は。

 

当時は、そんな落とされ続ける自分の不甲斐なさを時代のせいにしては企業や人事担当者を恨んでいました。

 

しかし、今考えると、希望の企業に入る人間はしっかり入っていたし、2010年の就職氷河期を遥かに凌ぐ氷河期を経験されてきたであろう先輩世代もいたので、とにかく自分に甘い考えによって塗り固められていたのだなぁ・・・と思います。

 

とまぁ素直に、あるいは身勝手に誰かのせいや時代のせいにして不安や悩みを発散できる性格であれば、問題はなかったのでしょうが、僕はこういった変なところだけあるべき論の似非ストイックな性格と、散々たる就活の末に入社した究極に微妙な会社でのメンタル摩耗によって、精神を病んでしまいます。

 

そうです、うつ病です。

 

営業職として早く成果を上げたく、同期の誰よりも結果を残し、活躍をしたくてがむしゃらになっていました。まぁ同期と言っても、僕も入れてたったの6人しかいないような中小企業の同期だったので、今考えれば・・・そんなものどうだっていいじゃないか!!って感じなのですが、

 

当時は大学卒業後の無知故の猪突猛進と、就活失敗というアドバンテージをどうにか脱したいという思いから、つまらないプライドや欲に駆られる毎日を送っていたわけです。

 

毎日早くても11時頃までは会社で残業をし、その後は取引先や社内、クライアントとの飲み会に積極的に顔を出し、かつアグレッシブに振舞い(文章を打っているだけで暑苦しくなってきた・・・)消耗していました。

 

飲み会のない日は会社の寮に帰って、帰路で買ったビールとポテチを貪りながら、入口にゴミ袋が散乱した6畳一間の自室で堕落した生活を送っていました。そういや、肌も人生で一番荒れていたし、体重も相当太っていた。

 

僅かながら支払われるボーナスで買った初めてのスーツも、そういった不摂生がたたり見事にスタイルを崩した僕に合わせて採寸されて選ばれる既製品なので、これまた見事に丈だけやたら長かったり、年甲斐もなくツータックだったりで、新調のスーツなのに恐ろしくテンションの上がらない代物でした。

 

もうこの辺で、相当病みますよね?

 

はい、確か入社して1年が経った頃でしたね、もう会社に行くのが、いや、朝起きるのが辛すぎて、日曜の夜に徐に渋谷に出かけたこともありました。別に何をするわけでもないんですよ?ただ、会社の寮にいるのも辛いし、実家に帰るのも恥だし・・・人生最高に太っていた僕が身を寄せることのできるような彼女もおらず、ただただ現実逃避するために雑多な街、夜の渋谷に逃げ込んだわけです。

 

これ以降はお決まりコースです。無断欠勤→心療内科→休職→傷病手当→退職・・・という流れでしたね。

 

見事に、見事にやられたわけです。

 

そんな感じで身も心もボロボロに、プライドも真っさらに洗い流された状態で実家に帰り、しばらく静養していました。

 

その後、雇用保険から失業給付をもらいながら、在宅勤務している父親にコンビニでコーヒーを買うというお使いを買って出ては御釣りを拝借してタバコを買う、というベストofクソな生活を送っていましたね。えっと・・・23歳でしたね。

 

こんな感じでプラプラしていたんですが、離職して半年くらいが経過したころだったと思います、急に、このままでは本当にヤバいな・・・と思えてきました。

 

これは経験者であればご存知かと思いますが、失業給付をもらうには再就職に向けた具体的な活動を定期的にしないといけなくて、いつどこの会社にエントリーをし、選考がどこまで進んでいるか等を職安で報告しないといけません。そんな理由もあって、とりあえずは再就職活動をしないといけなかったので、この頃あたりから、リクナビとかマイナビにエントリーするようになっていきました。

 

で、一度IT業界に就職し、ぶっ壊れた経験から、もうIT業界は懲り懲り・・・という思いで、IT業界は避けて就職活動をしていました。

 

 

ちなみに、この記事を書いている途中で、

 

「そういえば・・・」と思い、過去に登録していた転職サービスを漁っていたところ、マイナビだけに、2011年当時のメッセージが残っていたので、ここで自らの黒歴史を振り返ります!www

 

 

まずはこれ・・・

 

 

 

 

まずは、7年前の俺に言いたい。

 

 

「IT企業(劣悪な環境だけどゆるめ)で持たなかったお前が、コンサルは無理や・・・」

 

 

うーん、なんとも怖いもの知らずというか、バカというか。この時の気持ちを無理矢理思い出すとすると、就活時代に僕は、戦略系コンサルを志望していました。但し、フェルミ推定をするまでもなく、全てES落ちしましたけど。

 

そんな淡い新卒時の希望を胸に、吹いたら飛んで行ってしまいそうな僅か1年の社畜ライフを引っ提げて、応募したわけですね。そう、社会人経験をした俺は、あの時の俺とは違う・・・と言わんばかりの無謀なエントリーですね。

 

そこはさすがはアクセンチュアさん。しっかりお祈りしてくれました。今ならはっきりと言える。

 

ありがとう。アクセンチュア。

 

しかし、今となってはIMJを傘下にして戦略系のみならず総合的にコンサルを行う企業となったアクセンチュア、当時、無謀ながらも志望していた自分に、少し見る目があるなとも褒めてやりたいですね。

 

 

 

はい、どんどん行きますよ!!

 

 

 

 

 

時期は前後しますが、これは・・・夢のテレビ業界へのエントリーですかね。僕は大学の専攻も情報メディア学系でしたので、同期含めてみんなが夢見ていたのが、テレビ局でした。

 

うーん、時代を感じますね、まだ10年も経っていませんが、今の学生からしたらテレビ局や制作会社なんて全く人気がないんじゃないですかね。

 

この企業へのエントリーについても一つ言ってやりたいのが、アクセンチュア同様に、絶対にメンタルが持たねーよ。と。

 

本当無謀な男でしたね、23歳の僕は。

 

 

 

はい、次!

 

 

 

 

とりあえず、見る目というか先見性は十分ですよね??

 

但し、7年前の僕に言ってやりたいのが、

 

 

「お前に“人生の勝算”は今のところない・・・」

 

 

この時既に同い年の前田裕二氏は、同社の創業者から入社してくれとラブコールを受けていたという始末。

 

うーん、すげーぞ裕二。俺はエントリー時点で落ちたぜ!

 

とまぁマイナビではエントリー時に落ちてますが、僕の記憶が正しければ、DeNAは別の転職サービス経由で一次面接までは行った気がします。

 

しかし、あっさり1次面接で玉砕した記憶があります。うる覚えですが、前職の営業活動について、日々の課題やテレアポの勝率などをどの程度把握していて、どのようにPDCAを回していたかを聞かれて、まったく意味の分からない回答をしたのを覚えています。

 

今考えると、面接を担当してくれたDeNAの方もDeNAという会社自体も相当優秀なベンチャーだったんだなぁと思います。

 

無計画に、がむしゃらに消耗して、半ば逃げる形でメンタルをぶっ壊した僕がジョイントすべきところではなかったわけです。

 

今だから言います、DeNAさん、ありがとう。

 

 

とまぁこの再就職期に受けた企業も膨大で、お祈り数も数知れずな状態でしたので、この辺にしときますが、最後にここのお祈りメールをご覧ください・・・。

 

 

 

 

 

おい、何がしたいんだ!!?

 

7年前の俺っっ!

 

 

完全にバグってますね。備忘のために掲載しておきます・・・

 

 

とまぁこんな感じで相当堕落しつつも、若干23歳という大学生に毛が生えたような立場で、社会から遠ざかり続けていた、無知&無謀なクソ野郎にも再就職先が二つ決まりました。

 

 

それが、某ベッドメーカーと次の転職先となったIT企業(しかも、またインフラ系)です。

 

 

・・・って、またIT企業かいっ!!!!

 

 

という話なんですが、これだけの企業からお祈りされて、そんな中でも面接をしてくれる企業があり、実際にたくさんの人と会った結果、その時の自分の思考やノリみたいなものがあることに気づき、それって“合う合わない”が明確にあるな~ということにも気づきました。これが僕のいうところの転職活動の肌感ってやつです。

 

もう少し具体的に解像度を上げて話すと、単純にこういう考え方とか業界あるあるを共感し合える中というものではなく、善悪であったり話の間合い、笑いのツボ、ファッションや仕事観などが合うか合わないということです。

 

例えば、営業のスーツは白シャツが絶対というカルチャーなのか、スーツを着ている奴なんて個性もへったくれもなくむしろ不信感があるわいっ!といったカルチャーなのか・・・、この辺は業界や人によって大きく異なります。さらに、面接や商談の際に話をしていて、この人合うな、あるいは特殊な福利厚生のある会社で、その意図する思想のようなものに共感が持てるな、とか。

 

この辺を肌感として僕は定義しています。

 

話を戻すと、23歳の僕の価値観や考え方は、どちらかというとIT業界の人と合った、肌感が近かったということです。

 

それはそうですよね、大学卒業して最初に入社した企業がIT、もっと言えば、父親も根っからのIT業界出身。肌感が合わないはずがありません。

 

ちなみに、もう一つの内定先であったベッドメーカーについては青山に日本法人の本社があっていかにもオシャレな感じだったんですが、配属予定の営業メンバーと顔合わせをした際に、その方のYシャツの襟がひどく汚れていたのを見て、「こうはなりたくねーな。」と思ったことが辞退の理由でした。これも肌感ですよね。

 

 

こんな感じで、自分の肌感を自覚した後からは、割と面接もスムーズに進むようになりました。というより負けなしでした。

 

 

ちなみに、最終的に入社したこの転職先は、新卒時代にも一度受けたことのある企業でした。

 

 

そのため、実はニッチなところで非常に入社してみたかった企業でもあり、新卒入社企業と業界こそ一緒ですが、納得の転職になったのを今でも覚えています。

 

要するに、異業界だろうと、同業界だろうと、肌感ってとても大切。ということですね。

 

この転職先には、合計3年半は在籍していました。

 

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ITインフラからWEBへ

 

さて、ここからがようやく20代後半からの異業界転職についてのお話になります。(…序章が長くなってしまいすみません。)

 

さて、結局転職の肌感ベースでやっぱりIT業界(ITインフラ)に戻ってきた僕でしたが、27歳の時に再度転職をします。

 

しかも、曲がりなりにも東証一部上場企業であった2社目から、あろうことか沖縄県にある創業間もないベンチャー企業へと転職をすることになります。

 

3社目のベンチャー企業の業界は、具体的に言うとWEB制作会社です。

 

「いや、WEBもITやん・・・」

 

と思われる方もいるかもしれませんが、ITインフラとWEBはITという括りの中でも全く別の領域、いわば異業界になります。

 

例えるならば・・・繊維業界とアパレル業界、農業と食品メーカー業界、林業と家具メーカー業界くらいの違いがあります。

 

では、具体的に転職劇を見ていきます。

 

自分のスキルは何か

新卒入社したITインフラ企業(約1年6カ月で退職)と次に入社したITインフラ企業(約3年で退職)で経験したこと、そこで養われたスキルとは何か・・・。

 

この点を棚卸し、整理する必要があります。

 

但し、最初に言っておくと、このスキルの棚卸自体は、属人的なものですし、一般化することはできません。あくまで僕の例として捉えてください。

 

しかし、どのように自分のスキルを捉え、それを言語化し志望企業に伝えるのか、もっと言うと、自分や前職の業界の人にしか分からない要素を、どのように一般化して、異業界の人にポイントを絞って伝えることができるかどうか、この点に注目して参考にしてみてください。

 

つまり、異業界への転職で重要なのは、「八百屋に魚の魅力を理解させ、陳列させる力」になります。

 

 

それでは、もう少し具体的な話をしていきます。

 

さて、いざ転職をするというところになると、新卒時と異なり、真っ先に必要になるのが「職務経歴書」。

 

そしてこの職務経歴書に記載するのが、それぞれの職業で経験した業務や成果、どういったことに意識して業務にあたって、どういったスキルを習得したか。また、それが応募先企業でどのように活かすことができるのか、この辺をドキュメントとして纏めないといけません。

 

そのため、20代後半という社会人経験が10年にも満たない浅い経験(期間として)の中で、より有益なスキルや経験を持ち得ていること、あるいは、持ち得てる“感”を出さないといけません。

 

さて、僕が2社目を退職する時に職務経歴書に記載していたスキルの文章を下記に抜粋します。

 

■活かせる経験・知識・技術
・顧客ニーズのヒアリングから、掘り下げ、提案までのアクション・アカウントプラン作成
・大型案件時における提案~クロジング、運用までの全体ハンドリング
・目先ではなく、将来的なあるべき理想像を示し、必要な手段を具体的にわかりやすく説明
・顧客と率直な意見交換を行うことができ、顧客組織の政治事情、競合動向のヒアリング等の情報取集
・新規顧客等の開拓時のアプローチ、リレーション強化のプラン作成~実践
・企画書作成

 

何か・・・めっちゃ頑張ってスキルを捻り出してる感がひしひしと伝わってきますね!しかもどれも・・・調整系。www

 

ここでは僕の纏まりのないスキルセット整理を紹介、あるいは誇示したいのではなく、この目標達成やクライアント(面接先企業)に選んでもらうために、何か価値を捻り出してる感こそ、それまでの4年間で培ったスキルだということに、僕は途中で気づきました。言い換えると、このように職務経歴書一つをとってもにじみ出てしまう、僕なりの論法やドキュメント形式、いわゆる肌感のようなものも、これまでのキャリアで培われた価値観なのだと思います。

 

要するに、異業界に転職する際にストロングポイントにすべきものとしては、当然業界が異なるので、実務的な知識や取引先とのコネクションなどは思った以上にその対象にはならないということです。一方、とても抽象的な概念(≒肌感)の方が、異業界でも活躍できる、あるいは必要とされる横展開可能なスキルになります。

 

そして、この抽象的な概念というのは、誰もが持っているものであり、そういった言語化し難い要素をどう言語化し、かつ誰にでも分かるように解像度を上げた表現で伝えることができるかどうか、これが最も重要なポイントだと言えます。

 

むしろ、この抽象論からの一般化のプロセスができるということ自体が大きなスキルとも言えますし、異業界を股にかける上でも必須の要件だと言えます。

 

異業界へのエントリー

これに関しては、一言だけテクニックというか心構えをお伝えしておきます。

 

 

それは、「職業選択に文脈は不要」ということ。

 

 

つまり、○○業界にいた経験は●●業界に活かせる、というロジックは要らないということです。

 

勿論、そういった転職先への志望理由における一貫性やロジックを求める会社もあるでしょうが、一貫性のあるキャリアなんて、言ってしまえば綺麗な話ですが、そんなに今の世代の職業観ってシンプルなものではありませんよね。

 

むしろ一か所でしか活躍できないフィールディングの狭さというよりは、どんな業界にも引っ張りだこになるくらいの人生、全く一貫性のない数年単位のキャリアの中に、随所に光るユニークな実績や経験。こういった職務経歴の方が、今後は企業からも求められてくるでしょうし、市場価値の高い経験になると思います。

 

前置きが長くなりましたが僕自身、WEB業界しかも唯一受けた一社が3社目の沖縄のベンチャー企業でしたし、選んだ理由も相当アバウトでした。

 

僕の場合は、職業よりも沖縄に住むことの方が優先度が高かったので、正直仕事は何だって良かったwwという感じです。

 

実際には、前職の企業の退職前の有給休暇中に、「沖縄 IT」とGoogle先生に伺いを立てて、上位表示されたイケてそうな、それこそ肌感が合いそうな企業に応募して、Skype→現地面接を経て採用されたような感じでした。

 

こうしても見ると、いかに文脈がないかって分かりますよね。

 

一貫性なんかを気にし始めたら、自分のキャリアの幅も狭くなりますし、何のチャレンジもできません。逆にそんなことを気にする企業があれば多様性に耐えられない視野の狭い会社なんだとみなし、こっちからお断りしてやりましょう。

 

但し、重複しますが、職業選択に文脈はいりませんが、やはり重要なのは、自分の経験やスキルを一旦抽象化し、それを一般化してアウトプットすることは必須です。

 

いくら破天荒にしても、やはり、転職先企業の社長なり人間に、一緒に働きたい、力を貸してほしいと思ってもらわないといけません。

 

そのため、この辺の伝える小テクは備えた上で、文脈無視の転職先選びをする、というのがおススメです。

 

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WEBから広告代理店へ

 

27歳から沖縄にやってきて、WEB制作会社に入社し、翌年には広告代理店にいました。

 

そうです、肌感が全く合わなかったわけですねwww

 

すみません、偉そうに20代後半の転職には肌感が重要だと主張してきた割に、肌感の合わない選択をしてしまいました。

 

但し、こういうことも多々あります。だって実際に働かないと分からない肌感ってありますよね。むしろ、このケースの方が多いのかもしれません。そういった現状を理解した上で、合わなかったら早めに辞めることも小テクです。

 

合わないということは、自分と肌感が異なる組織ということを意味していて、それだけで非常にネガティブな時間を過ごすことになります。そういったネガティブな毎日や我慢の先に学びがあるという考え方も一理あるかもしれませんが、肌感が合わず、ネガティブな気持ちのまま働いても学びの効率や生産性を下げてしまうことは疑いようがありません。

 

つまり、イヤイヤあるいは不満ばっかり言っている状況の中で業務から学び取ることができるスキルやノウハウと、業務に主体的で熱量を帯びた姿勢で関わった時間から得られるそれとでは、質が全く異なります。時にネガティブなパワーは計り知れない威力を帯びることもありますが、より短期間でより幅広く実用的なスキルを習得するには、ポジティブな気持ちになれる職場環境が不可欠です。

 

あと何と言っても精神衛生上良くないですよね。肌感が合う職場は仕事に無意識に熱中することができますし、気づかない内に成長しているということがあります。

 

このように、合わないところに長くいるほうが、後の転職活動に悪影響を与えることもあるのです。そのため、20代後半と言わず、これからの時代に転職をしてスキルアップ、年収アップを目指すのであれば、「即断即決」このスタンスも非常に重要なものになるということを覚えておいてください。

 

短いキャリアの妥当性

20代後半から転職をするということは、前職のキャリアが何社であろうと、いずれも短いスパンでの転職ということになります。つまり、経験期間としては短いキャリアになります。

 

恐らく、20代後半から転職をする方の一番のハードルでもあり、ロジック固めが必要なポイントが、この「短いキャリアの妥当性」になります。

 

というのも、十中八九、いやお約束の如く、面接先の企業から前職の期間やなぜ辞めたのか等の質問を投げかけられる可能性が高いので、付け焼刃なものではなく、ある程度の妥当性、ポジティブに変換する文章構成力が必要になってきます。

 

よく使われる傾向としては、前職の不平・不満・・・まぁこの辺は今時論外かもしれません。だって、様々な転職サイトやブログにも注意喚起されているものです。転職理由はポジティブに、と。

 

しかし、ではポジティブに退職するとは一体何なのでしょうか。そもそもポジティブに退職するのであれば、退職する必要あるの?って話だとは思いませんか??勿論一概には言い切れませんが、心底この会社のこういうところが合わなかったので・・・と言われた方が納得できませんか?

 

「前職の環境や先輩、上司にはとても恵まれましたけど、もっと大きな仕事をしたいと思い」とか、「今後自分がなりたいと思う姿に近づくために、最適な環境に移りたくて・・・」とか、もう何だって考えられるわけです。この似非ポジティブ退社理論。

 

仮に、10年だの20年いた業界や職種の人がこのようなことを言ったら、確かに一つを極めた人であるが故に次のステージに上りたいのかなぁ・・・とも思えるはずです。要するに、ある程度の期間における妥当性が伺えます。

 

しかし、僕もそうでしたが本題は20代後半の場合、単純に期間が短い場合です。

 

ということで、自分の短いキャリアに妥当性を持たせるために最もおススメな小テクは、成果ベースで区切り、スキル基準の志望動機は排除するということです。そして、肌感が合わないということをもう少し一般化してより解像度の高い表現で論じる、ということです。

 

もう少し具体的に説明します。

 

成果ベースで区切るということに関しては、言い換えればプロジェクトごとに区切りという意味になります。つまり、年数やスキル云々を境目にして離職したのではなく、例え小さなプロジェクトでも一定の区切りを見せた段階で辞めるということ。

 

前職の期間が短いキャリアにおける転職活動では、その期間ではなく、当然のことながら密度を要求されます。むしろ、転職を社会的に容認しつつある現在、このキャリアの密度こそが最も重要です。それは「どんなプロジェクト≒成果物を生み出したか」という点であって、こういったことを学べたからとか、こういうスキルが付いたからなどという基準ではありません。

 

要するに、期間が短いので、そもそも口にするスキルに信憑性がなく、正直胡散臭いわけです。それであれば、密度や濃度を指し示す指標である、形として目に見えるもの、成果をその裏付けにするということです。

 

一方、一つのプロジェクトを成し遂げるまでもなく、そもそも肌感が合わない、っていう単純明快な理由だったとしたら、余計な講釈を捏ねないで、ストレートに合わなかったから早めに辞めた、と伝えるようにしましょう。

 

以上のように、20代後半での転職をする上での、その特有の短いキャリアの妥当性を帯びさせる手法としては、シンプルにこのいずれかだと言えます。

 

成果・プロジェクトベースを自分のキャリア整理を行い、スキルの裏付けを行う。一方そもそも合わない・肌感が異なる企業であれば、シンプルに合わなかった。という話です。

 

未完成の一芸を見極めよ

少々前項と内容が重複しますが、20代後半で転職をする際には、その短すぎるキャリア(前記の通り妥当性を持たせた前提)の中でも一定のスキルが養われている状態かと思います。

 

むしろ、思いつかなくても先の成果やプロジェクトベースで自分の担った役割などを洗いざらい書き出すことで、何かしらのスキル、いわば一芸が見えてきます。

 

そして、20代後半の転職で重要なのが、この一芸です。

 

さらに、十中八九この一芸は未だ未完であるケースがほとんどです。

 

例えば、営業成績を同期の中でも圧倒的に残したとか、全社のトップセールスになった、と言っても、一過性のものかもしれませんし、総計すれば毎年コンスタントに100%近辺の達成率をマークしていた中堅社員の方がよっぽど価値をもたらしていることもあります。

 

つまり、自分では一芸だと思っていても、それは一芸であるのと同時に、まだまだ上を見たらキリがないものであり、未完成なのです。

 

とはいえ、どんなに成功している人でも、自分が完成されていると自負する人などいないでしょう。得てして成功している人はとてもストイックな方々であり、自分の状況にいつだって満足などしていません。

 

まずは、転職先に自分の一芸をアピールし、その可能性やポテンシャルを存分に感じさせるロジックを準備する必要があります。

 

例えば僕は、新卒以来ずっとITやWEB業界に従事していました。30歳を目前にして広告代理店(現職)に転職した際は、まさにこの未完の一芸を武器に、異業界に乗り込みました。

 

僕の場合のそれは、変化への適用力とそのスピードです。

 

広い、広すぎるっ!!しかも、完成することなんてないだろ、という話ですが、いいんです。何を取り出しても完成することはないのだから。

 

しかし、一見してネガティブに働くであろう転職歴の多さも、切り口を変えれば、それだけ異なる業界知識や慣習を自分のものにし、短期間で成果にまで結びつけたということになります。

 

そして、これをどのように可能性とポテンシャルを帯びさせてアピールをしたかというと、先述した抽象論を一般化するスキルをフル活用していきます。

 

つまり、フットワークや順応力という抽象的な概念・能力を、現在の広告業界の動き(ネットとかで調べた範囲で構いません)を自分なりに捉え、どうその業界の人に分かるように訴求するかということです。僕の場合は、広告業界全体が非常に過渡期である、という自分なりの捉え方を利用しました。具体的には、メディアやプロモーション手法自体が大きく変化しているのが広告業界であり、それは正に過渡期と言えます。さらに、そもそも広告代理店の存在意義は?と叫ばれえて久しいこの業界においては、一つの起爆剤であったり、ブレークスルーするきっかけになるのでは??という期待感を持たせることができました。そういったこの業界の状況になぞらえて自分のスキルを一般化したことが、魅力的に見える一芸だったのだと理解しています。

 

話は少し脱線しましたが、このように異業界に元々いたのであればそもそも転職先の業界では未完であることは言うまでもないことです。自分のこれから伸びるであろう、あるいは伸ばしていきたい要素を一般化して論じること、これがとても重要です。

 

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次なるステージへ(30代以降)

 

こんな感じで割と短いスパンで、異業界へ転職を果たし、それぞれで控え目に言っても活躍をしてきた僕ですが、次の目標があります。

 

今年31歳の僕ですが、またまた異業界でのキャリアを目指しています。

 

それは、人事労務領域に特化したコンサルティングをしていきたいと思っています。これは、今まで経験してきた労働者としての苦悩や、心の摩耗のようなものをどうにかアウトプットしていき、これから同じような路を辿りかねない働く人々を助けたいという思いからです。

 

そのため、労働法や社会保険全般の勉強をしています。目下勉強中です。どちらかというと、企業側の人事労務相談というよりは、労働者保護や労使間の情報格差の是正をしていくスタンスで活動していきたいと思っています。

 

もっと働きやすく、会社に言いたいことが言える社会を作っていきたい、そう心に決めています。

 

その辺の情報は適宜Twitterでつぶやいたり、このブログで記事化しているので、ぜひぜひフォローしていただけると嬉しいです!!

 

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それでは、また。

 

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