地方女子、選んだ男で人生変わる。

地方女子、選んだ男で人生変わる。

 

どうもこんにちわ、INAZOOです。

 

先ごろ、Instagramのタイムラインを見ていると、そこは20代半ばから30代女子の自己主張の場、あるいは見栄の張り合いの場と化しているように思えてなりません。

 

具体的なものとして、実にありふれたInstagram内での20代半ばから30代女子のやりとりサンプルをご用意しました。ご査収ください。

 

 

PIXTA感は否めませんが、イメージです。

 

 

いなだナウ子
麻布でパーティ♥

 

スクールオブ俺美
○○、美しすぎるぅー♥

 

バブリー奈
え、ちょっw

スタイル良すぎっ

 

社畜時代耶
私もこの間参加したー

 

20番子
これどこ~?

 

いなだナウ子
西麻布だよ★

20番久しぶり~また遊ぼーね♥

 

 

 

すみません、サンプルの登場人物が全て「いなだ」だったため殺伐とした風景をお見せしてしまいました。しかし、こんなやりとりをInstagramのタイムラインで目にすることって日常茶飯事じゃありませんか?

 

まず僕が声を高らかにして主張したいのが、最後の20番子ちゃん(20番をこんな使い方をするのは非常に不謹慎ですが・・・)が、場所を聞いている点。・・・いや、最初に投稿者が麻布って言ってるやん。何でまた聞くん?そして、そんなクソ・クエスチョンに対して場所を再度回答する投稿者。これはあれですね。再度、「麻布でパーティ」を念押ししている、人から聞かれたのを良いことに、再度アピールするヤツ。

 

とまぁ、こういうヤツ結構いますよね。コメントが多い記事だとよくありますが、Twitterでいうところのいわゆるクソリプってやつです。

 

僕は茨城県出身の田舎者なので、同級生がこの手の投稿をしているのを毎日目にします。そして、彼女たち田舎出身女子が投稿しているInstagramの内容に、見事な格差が生まれていることに気づきました。

 

正に、インスタ格差。

 

このインスタ格差は、中学や高校を卒業した後の生き方によって大きく異なり、その差が広がっているのでは?と、凡そ検討が付きますが、具体的にどういった事柄(生き方)がこの格差を生んでいるのか、この問いに対して僕なりの仮説を立てました。

 

 

それは、「男の影響」です。

 

 

女性の場合の生き方を左右する原体験として代表的なのが、交際してきた男性が挙げられます。これまで付き合っていた男性によってその後の人生、ひいてはInstagramの投稿内容にまで影響を及ぼしているということです。つまり、「地方女子、選んだ男で人生を分ける」という説です。

 

それでは、この仮説を紐解いていきます。

 

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ある二人の女性の話

 

ここで、僕の仮説「地方女子、選んだ男で人生を分ける」を検証していく上で、サンプルの女性を挙げます。具体的には、実在する僕の地元の同級生(偽名)を例に挙げていきます。実際の状況をイメージしながら、読み進めていただければ幸いです。

 

ちなみに、不公平感や僕の個人的な主観が混ざるのを防ぐために、いずれも僕が付き合ったことがある人ではありません。厳密に言うと、小学校や中学校の時に「好きだった子」です。

 

つまり、決して無関心だったわけではなく、当時は異なるタイプとはいえ、それぞれに魅力的な地元女子だったということです。また、とても関心を持って動向を追っていたわけでもありませんが、SNSが普及してからは各々のタイムラインでその動向を軽く垣間見ていた程度という注目度故に今回の仮説に対して、フラットかつ俯瞰して彼女たちを見ることができたというのも事実です。

 

和田るり子(偽名)

 

和田るり子。弟が一人いる長女。昔から運動女子という印象で、活発ですが、決してスクール・カーストの中では最上位にいるわけでもなく、上位から1段か2段くらい下に位置する子でした。

 

見た目の印象はというと、生まれつきなのか、快活さ故なのか、常に日焼けをしているような子で、目鼻立ちはエキゾチック、ほりの深い顔つきが印象的でした。いわゆる眉毛くっきり系女子ですね。

 

そして、中学に進んでからは剣道、高校では少林寺と、かなり武道系の部活に勤しんでいました。武道を通して精神性を養っていたのか、一筋通った芯を築き上げたいのか、兎に角も男勝りなスポーツに励み、高校の時は部の主将をつとめていたようです。

 

その後は、歯科助手になるために専門学校へ進学し、歯科助手になったと聞いています。今現在Instagramのタイムラインで見る彼女は、武道に励む眉毛くっきり系女子というよりは、芯のある美しい女性という印象に様変わりしていました。

 

勿論タイムラインを日夜賑わす投稿写真の中に、道着や籠手、畳や帯の写真はありません。勿論、少林寺の型を披露するストーリーズも上がってきません。

 

 

いなだナウ
少林寺をする歯科助手って

なんかバズりそうだなw

 

 

すごく掻い摘んでタイムラインの特徴を説明すると、笑顔、後ろ姿、主に旅行系、#読モの投稿。こんな感じです。どうやら今は歯科助手をしつつも、読者モデルをしているようで、そのパラレルワーク感を推しているのか、リアル充実度合のアピールなのか、主にはそういった写真が投稿されています。意識してるんだろうけど、ポーズやシチュエーションがワンパターンな感じです。

 

わざわざ#読モという具合にしていますが、フォロワーは400人程で、平均いいねは目視レベルですと70~100くらいといったところでしょうか。また、彼女の投稿傾向から推察するに、一定の交際男性がいる?(友達にモデル風のポーズの写真を撮らせていたら友達を称賛したい)とも推察されます。

 

 

スクールオブ俺
待て・・・

31歳の俺キモ過ぎッ!ww

 

 

すみません、地元同級生女子のIntagramのタイムラインの傾向をざっくり分析する31歳程気持ち悪いものはありませんが、そこはご容赦ください。客観的数値を元に、読者の皆様にこの和田るり子の行間を読み取っていただきたかったのです。

 

どうでしょうか、この辺で頭の中に皆さんなりの和田るり子像が出来上がったのではないでしょうか。

 

進藤まりえ(偽名)

 

進藤まりえ。一人っ子。小さな頃からその整った見た目で美人という評価をいついかなる時も享受していたことは想像に難くありません。

 

僕が初めて出会ったのは小学校5年生の頃だった気がします。シンプルに見た目がタイプで、笑顔の素敵な女の子でした。

 

僕自身、何とか彼女の気を惹きたくて妙に彼女にだけ優しくしたり、あまり話しかけないけど気になっている的なオーラを出していました。その甲斐もあってか、後日彼女からラブレターをもらったという事実は、僕のその後の異性交際における自信の芽生えであったと言っても過言ではありません。そのせいか、その手紙の風合いや色味は今だに記憶に残っています(内容は・・・覚えていません)。

 

とはいえ、小学校5年生という若さ故にか、その後どのようにこの恋を発展させるべきかという具体策が思い浮かぶ程、八面六臂の桃色遊戯の達人であったわけでもなく、もどかしくも小学校を卒業したのを覚えています。

 

 

スクールオブ俺
心がチクチクするぜっw

 

 

いや、そんな酸っぱいいなだの青春プレイバッグはどうだっていいのです。本題に戻しますが、そんな感じで学年でも指折り数える程のルックスを持ち合わせていた進藤まりえですが、中学校では僕と別の学校に行くことになりました。

 

その後の動向はSNS普及で再度「友だち」になるまでは、詳細をつかむことできませんでしたので、噂や伝聞ベースで綴ります。というのも、時折僕の通っていた中学校にも友達がいるためか、放課後にフラフラと遊びに来ていたという噂を耳にするくらい、僕の通っていた学校自体と疎遠になるわけではなかったようです。

 

中学校に進んでからの彼女は、どちらかというとスクール・カーストで言うところの上位層に属していました。無論、茨城県のスクール・カースト上位というのは、それはヤンキーち同義と言えます。

 

ヤンキー女子となった中学時代からは、進藤さんは○○の彼女、といった噂が幾度となく他校にまで広がるくらいでしたので、奔放に生活をしていたことが伺えます。部活にも属することもなく奔放にヤンキー生活を送った進藤まりえは、その後テンプレ通り、地区ワースト1ともいえる高校に進学しました。ヤンキー女子でありつつも、高校に進学した時点で、両親は普通の人なのかなぁという大方の予想もできます。

 

偏差値の低い学校に行くことが、その後の人生に影響を与えるとは一概には言えません。それこそ、卒業後に出会う男性のタイプによっては後に非常に清楚で落ち着いた女性にと変貌を遂げるケースは多分にあります。今回の仮説検証のサンプルにこそ挙がっていませんが、僕の同級生の地元女子にもそういった子は数名います。

 

こと進藤まりえにおいては、その後も数々のヤンキー・カースト上位の存在と交際をし、実に多様な交際遍歴を辿りつつも、最終的には保育園に就職したようです。就職してからは、度々異なる男性との交際風景を投稿しては地元ソーシャルネットワーク界隈を賑わせていた印象が強かったので、「この子、結婚するのかな?」と心配になるくらいでした。まぁ、全く要らぬ心配ですが。

 

そんなこんなで、何歳の時かは定かではありませんが、年上の男性と結婚し、今ではとても幸せに暮らしていると聞いています。ちなみに、詳しく聞いたことはありませんが、SNS投稿状況から察するに、地元茨城に今尚住んでいるようです。

 

そして現在、進藤まりえのタイムラインは、仲の良い友人2名と共に飲んだり、旅行に行ったりする光景が主流となっています。何か自分の生活を自慢するというよりは、ログを残している感覚、タイムラインをプリクラ手帳(死語か・・・)のように扱っていると表現すると分かり易いかもしれません。

 

このように、先の和田るり子とは異なり、自分磨き系コンテンツというよりは、飲み会等のワイワイ系コンテンツ、リア充という雰囲気とは程遠い、いわゆるローカル女子のインスタグラムアカウントの代表といった印象ですね。

 

これを格差と言うべきでしょうか、また、それが果たして憂うべきタイムラインなのかは各々の判断に委ねますが、小学校時代から知る僕としては、その生まれ持ったポテンシャルを完全に溝に捨てた感は否めません。

 

いかがでしょうか、これで進藤まりえもイメージができたでしょうか?

 

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付き合った男で民度が決まる

 

今回挙げたサンプルの子達ですと、和田るり子は交際を表に出すことこそ多くはありませんでしたが、それなりの男性と付き合ってきたことが推測され、結果、自分磨き等の美的好奇心への道に大きく舵を切りました。

 

そしてその自己実現の方向性が見事にInstagramとマッチし、水を得た魚のように投稿の鬼と化しています。

 

一方、進藤まりえは地元茨城の中で数々のヤンキーと交際し、その後も茨城から出ることもなく、地元の年上と結婚することになり、地元密着型の仲間内ワイワイ系コンテンツに舵を切りました。和田るり子と比較すると、いわゆるインスタ女子に代表される「映え」のコンテンツではないにせよ、それなりに幸せにも映り、ある種の落ち着きのようなものを感じざるを得ません。

 

Instagramに現れるセルフ・ブランディングという側面でいうと、前者たる和田るり子は美的好奇心に舵を切ったため、#読モを付けてしまったりしてますが、何とも言えないワンパターンで少し下駄をはいたリア充臭がしています。逆に進藤まりえは、正に地元着地系女子の代表格たる何とも言えない閉塞感や芋臭さが否めません。

 

これらの事から何が考えられるでしょうか?

 

勿論、上記インスタ格差たる人生の分岐は性格や家庭環境、随所に踏んできた経験値によるものがほとんどでしょう。しかし、Instagramのようなセルフ・ブランディングツールにおける自己発信の態様の違いについて言えば、交際男性に大きな影響を受けているのではないでしょうか。

 

なぜならば、セルフ・ブランディングとは、他社に自分をどう捉えて欲しいか、その意思に基づいて発信されるコンテンツが異なってくるものであり、「人からどう見られたいか」という志向は、紛れもなくこれまでの人間関係や待遇等の原体験に依るものだからです。

 

たとえば、今回のサンプルで言うところの和田るり子は「キレイに見られたい」、「モデルのような暮らし」という印象をユーザーに植え付けたいという思いの表れです。一方進藤まりえは「日常を楽しんでいる」、「友達が多い」という印象を植え付けたいという思いの表れです。

 

この二つのサンプルの違いは、外見を見せたいのか、時間の過ごし方や孤独ではないことを見せたいのか、という点に大きく分類されます。仮説に仮説で返すような話ですが、おそらく前者であれば、外見を元にフラれた経験や外見を褒められて付き合うことができたり、寵愛を受けた経験、あるいは、あまりパッとしない外見や体の一部にコンプレックスを抱えているという背景があるのではないでしょうか。

 

逆に後者は、見た目というよりは浮気や絶縁等で人がいなくなること、関係が希薄化するような経験があり、何よりも孤独であること、あるいは孤独だと思われることを恐れる傾向があるのではないでしょうか。

 

無論、これらの背景を形付ける経験として最も代表的なものが、男性との交際歴だとみなせば、それぞれのInstagramのタイムラインから交際してきた男性像や傾向というものをある程度の解像度をもって予測することができます(妄想と紙一重ですが)。

 

先述した背景がInstagramのタイムラインから読み取る逆説的アプローチであるならば、肯定的アプローチも考えられます。具体的には、前者はある程度教養のある人間で、和田るり子を手放しに称賛してくれる、美しく切り取ってくれる男性であったことに対し、後者はヤンキーという10代~20代前半に築いた栄華に寄りかかり、地元を出れなくなってしまった地元最高説の権化のような男性が、その民度決定に大きく貢献したのではとも予想されます。

 

つまり、事実を肯定的に切り取り、そのまま交際男性傾向を推察するパターンです。

 

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どの選択が正解なのか

 

僕の周りにいた地元女子二人をサンプルに、地方女子の選んだ男子傾向による後の人生や、経てきた体験によるインスタ利用の違いについて考察してきましたが、結局どちらが正解なのか。

 

これは、言わずもがな人によりけりですが、僕が考えるに、一番満たされている、つまり男選びに成功した女子というのは、インスタでは過去の交際歴や生活を読み取れない人ではないでしょうか?

 

もっと端的に言うと、Instagramを活用していない女子、あるいは非公開アカウントにしている女子です。

 

和田るり子の場合であれば、見た目を理由とする何かしらのコンプレックスや成功体験に起因して、インスタ投稿の鬼と化し、何とも言えない微妙な「映え」を披露する毎日、読者モデルとは名ばかりのモデルという概念をお茶で薄めたような似非インスタ―グラマーになりました。

 

対する進藤まりえは投稿こそしますが、何やらその行間には孤独を彷彿とさせる過剰に人と戯れる光景、「私は一人じゃない!」というメッセージが読み取れてしまう程、あるいは、地元茨城でもハッピーだよ?という「足掻き」のようなものが見て取れます。

 

これは少々穿った見方になりますが、コンプレックスや見返し等の感情に駆られることなく、タイムラインと向き合うことができる人、あるいは、本当に暇つぶしとして捉えていたり、家族や友人との間だけの記録・写真ログのようなニュアンスで使用している人は、当然ですが、その男性遍歴の闇のようなものは伺えません。

 

つまり、満たされていることではないでしょうか。

 

どんな男性と付き合ってきたかは知りませんが、真に愛情を受けてきたのか、兎にも角にもInstagramで自分を誇張する必要もない感覚、見た目や生活に関するコンプレックスのない女性へ到達した真の証は、Instagramの投稿などしないということではないでしょうか。

 

どうですか、思い当たる節はありませんか。

 

 

最後に

 

ここでふと思い返すのが、果たして、僕の妻は妻の地元友人たちから、どのように見えているのであろうか。つまり、僕自身が妻の民度をどのように決定付けてしまっているのかという点です。

 

偉そうに他の女性を分析する前に、まずは自分の妻を幸せにできているのか、これからどのように妻の選択(僕を選んだという選択)の妥当性や先見性を根拠づけていくかが非常に重要なことだと気づきました。

 

すみません、和田るり子、進藤まりえ。あなたたちのタイムラインを見ると、改めて自分を奮い立たせることができます。

 

地元の友人に感謝を込めて。

 

それでは、また。