父性って本当にあるの?

父性って本当にあるの?

 

どうもこんにちわ、結局、まじめなブロガーのINAZOOです~。

 

世の中のパパ・プレパパの皆さん、「父性」を実感、認識したことはありますか?

 

バブリー
母性のある女子は何かイイよな!

 

いなだナウ
おまえはまず、

「理性」を学べ。

 

このように、母性と対になるものとして表現される「父性」ですが、言葉の意味を辞書から抜粋すると次のようなものになります。

 

「父性」

父親としての本能や性質。

 ※大辞林 第三版

 

「母性」

女性がもっているとされている、母親としての本能や性質。また、母親として子を生み育てる機能。

 ※大辞林 第三版

 

辞書やブログ記事によっては様々な表現がなされていますが、上記のように対照的な定義づけをしているものもあれば、父性は母性に比べると定義が曖昧かつ広義なものも多数見受けられます。

 

それもそのはず、長らく日本社会では、親(子育ての担い手)として実質機能するのが女性=母親だというのが社会通念であったため、子供を育てる上での本能や性質を語る上で、どうしても母性を取り上げるケースに偏ってしまう背景がありました。

 

しかし、ご存知の通り、いまや男性でも育児休業制度を活用する時代であり、子育ては決して母親のみの役割とは言えない状況です。そのため、改めてこの「父性」について言及し、考える必要性が俄然増えてきたということです。

 

スクールオブ俺
おまえみたいなクズでもあるの?父性。

 

いなだナウ
www

最近それを実感し始めたのよ。

 

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父性とは何か

 

さて、冒頭で触れた「父性」の言葉の意味ですが、改めて記述すると、

 

「父性」 : 父親としての本能や性質。

(大辞林 第三版)

 

になりますが、では、父親としての本能と性質とはいったい何なのでしょうか?

 

これらの表現を予めもう少しかみ砕くと、父親として、自然発生的かつ衝動的に行動を執ってしまうこと(本能)と、持って生まれた気質や本来備わっている特徴(性質)と定義することができます。

 

では、そもそも父親として本能的に動いてしまうような場面、持って生まれた資質を発揮する状況というのは実際にあるのでしょうか?

 

それは決して建前の話ではなく、身体が自然と動くような、あるいは、脊髄反射的に動いてしまうような、真に“本能的”にという意味での疑問になります。

 

母親は次第に自分のお腹が大きくなるのを体感し、胎動や痛みを感じつつ、自分の身体の中で胎児を育てます。やがて、物理的に自身の身体から我が子を産みます。これが前述した、「母親として子を生む機能」と言え、そもそもこの機能を有しているか否かで、親としての行動を本能的に行えるかどうかを大きく分けるのではないでしょうか。

 

スクールオブ俺
いや、親なら父でも本能的になれよ

 

いなだナウ
それは建前だろ、

本能ってもっと

自然発生的なものだぜ?

 

一方で、父親はあくまで、子どもが生まれたという事実を、目や耳という媒体を通して認識し、その事実をきっかけに自分が父親になったことや、父親であることを自覚します。

 

そのため男性が、親としての行動を本能的(無意識で衝動的)に執るという場面自体は、実際には存在しないのではないでしょうか。

 

もう少し端的に表現すると、母親は生理現象としての母性を実感するのに対し、父親はあくまで社会的に父性を実感するものだということです。

 

この二つの間にある圧倒的な違いは主体性です。

 

物理的には、自分の身体の一部であった胎児への思い(母性)と、当初から自分の身体とは別のものに対する思い、あるいは、自分の子供だという認識(父性)の間には、主体性における大きな差があります。

 

また、精神的な側面でみると、自然発生的かつ本能的な知覚(母性)と、社会通念や自身の背景(成長過程)などに起因した知覚(父性)の間にも埋めがたい大きな差があります。

 

決して、母性と父性の優劣をつけるという意図ではなく、このように、両者は全く別の要素から成立するものだという前提理解が必要だという意味になります。

 

社畜時代
なるほどな、

確かに並列できる要素ではないな。

 

母性と父性は全く別の要素であり、並列不可という前提の元、いずれの性質も本能に起因するだけではなく、後天的に備わる要素だとも考えられます。

 

要するに、親としての性格や気質というのは、持って生まれるものというよりは、後天的に、あるいは家庭環境などに大きく影響を受けて構成されるものだということです。

 

具体的には「父親」とはどんなものであるべきか?これを考えてみてください。

 

子供の成長における模範や規範たる存在であるべきという考え、叱り役や威厳を帯びた対象であるべきという考え、このように「父親」像というのものは、自身が育ってきた家庭環境などによっては様々な解釈があり、それぞれにイメージするものが異なります。

 

つまり、「父性」はあくまで、子供が生まれたことをきっかけに身に付くものではなく、自身にとっての父親がどうであったか、あるいは、その経験を通して父親にはどうであって欲しいかという、予め自身の成長過程で成熟した認識が、子供の誕生をきっかけに呼び起こされるものだと言えます。

 

これに関しては、母性においても同様のことが言えます。男性のみならず、女性も自身の母親を通して認識している、母親のあるべき像をベースに、親としての性格や気質を形成していることに疑いようはありません。

 

これらのことを整理すると、「父性」は母性よりも社会的な特徴を帯びているものであり、比較的主体性が低いところから発生するものであり、母性同様に後天的あるいは自身の家庭環境に大きく影響を受けるもの、と解釈できます。

 

では、改めて「父性」を次のように定義してみます。

 

「父性」

“子供が生まれた、あるいは生まれるという事実”によって呼び起こされる、父親としてのあるべき姿や価値観。母性が自然発生的に芽生える本能的な性質であるのに対し、父性は後発的に芽生える社会的な性質が強い。自身の成長過程や育ってきた家庭環境(自身の父親)に大きく影響を受ける。

※いなだによる定義

 

社畜時代
要するに、

父性は父親が元々持っているものではなく、

社会が生み出したもの、

という理解か?

 

いなだナウ
そうとも言える、

但し、徐々に本能的な要素も

芽生えてくるのも事実。

次も見てみ!

 

父性はいつ芽生える?

 

前項では「父性」が本能的なものではなく、後発的に芽生える社会的な性質が強いと定義しましたが、これは具体的にどういったタイミングで芽生えるものなのかを考えていきます。

 

結論から言えば、母性が生まれ持った気質であるのに対し、「父性」においては、子供が生まれて、子育てに参加する過程で芽生え、成長するものになります。

 

先に定義した通り、あくまで自身の成長過程などで形成された、父親としてのあるべき姿や価値観が「父性」ですので、子供が生まれた、あるいは、妻が妊娠した等のタイミングで自然に“芽生えるものでは決してなく”、建前や周りの目、父親はこうあるべき、という社会通念の元に“呼び起こされる”ものなのです。

 

スクールオブ俺
でも、

自分の子だったら何が何でも守る!!

みたいな気持ちはあるだろ!?

 

そう、それが子育てに参加する過程で“芽生える”「父性」なのです。

 

つまり、僕らが一般的に「父性」だと思っているものは、父親としての本能や性質ではなく、社会通念上のあるべき姿であったり、自身の親を通じて形成された価値観に過ぎず、子供の成長に主体的に携わることでようやく芽生えるものこそが、「父性」なのです。

 

これは、プレパパや新米パパなら誰しもが感じたことがある違和感・ジレンマに言い換えることができます。

 

嫁のお腹が大きくなっていく様子を目にして、「俺ももっと頑張らないと!」と自分を鼓舞し、

 

いざ待望の我が子が生まれてくれば、かわいい自分の分身を抱きかかえて、「絶対にこの子を幸せにする」という決意に燃えたことはありますよね。

 

僕もそうです。

 

しかし、思いに強弱はあるものの、その後子供が成長するにつれて、夜泣きやぐずり、イヤイヤを繰り返すようになってくるにつれて、正直ベースで感じる煩わしさ、そして、その煩わしく感じてしまうことへの自戒の念、こういったジレンマに見覚えはないでしょうか。

 

というのも、「俺ももっと頑張らないと!」や「絶対にこの子を幸せにする」という決意自体が、社会的な親としての要素(経済面や生活面への貢献意欲)が強いため、そもそもの「父性」とは呼べないのです。

 

思い出してみてください、「父性」とは父親としての本能や性質のことです。

 

そう考えてみれば、後者であり、目を伏せたくなるような正直ベースでの煩わしさや、そう感じてしまうことへの自戒の念、こういった感情こそが真の「父性」の芽生えへの重要なファクターになると考えられます。

 

そして、こういった、ジレンマを解消するのに必要なのが、子育てへの参加です。

 

子供のオムツを変える、離乳食を作る、沐浴をする、夜泣きをしたら抱っこをして寝かす、などなど、数え上げたらキリがない、子育てに主体的に参加することで、ジレンマは解消されていきます。というより、また別のジレンマ(子育てにおける)に苛まれますww

 

それもそのはず、自分の身体から生んでいないので、物理的にも精神的にも、子供と通じ合うことができない父親としては、子供の成長に合わせて積極的にその育成に参画し、時間を共有しない限り、どんなことに困っているのか、どうして欲しいのかといったものが理解できず、ジレンマは深くなる一方です。

 

相手が考えていることが分からない不安、コミュニケーションが取れない不安、こういったマイナス要素を埋めようとする努力や行動が「父性」の芽生えを助長するファクターであり、その行動は子育て参加以外にはないのです。

 

母性と異なり、自然発生的に備わらない「父性」の担い手である夫は、“子育てに参加”をしない限り、父親としての本能や性質を持った行動など到底できないのです。

 

なぜならば、子育ては子供の生命維持及び成長への具体的かつ直接的な貢献と言い換えることができ、より「生きる」という本能的な部分での関わりに他ならないからなのです。

 

それは経済的あるいは生活的に貢献する“稼ぐ”という行動では置換できない体験です。仮に、父性らしき発言をしようものならば、それは仮初めの父性とすら呼べてしまいますよね。

 

ここまでの流れですと、「父性」を見出すために子育てに参加するという流れになってしまっていますが、当然逆も然りです。

 

むしろ、子育てに主体的に参加したいと思い、実際に行動に移しているうちに、知らず知らず、「これが父性かな」と感じる方の方が多いかもしれません。

 

重複しますが、会社や家庭外で稼いでくること、稼ぐために奮闘することは、「父性」ではありません。それはあくまで建前であり、社会通念上の父性です。父性の芽生えるタイミングは、自分も主体的に子育てに参加する時のみに訪れます。

 

社畜時代
何か、離婚歴の多い社畜上司たちに見てほしい情報だな。

 

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父性の育て方

 

子育てへの参加により芽生える、真の意味での「父性」。これを育てることはとても重要です。

 

というのも、「父性」自体はなくても子供は育つものです。

 

しかし、先にも述べましたが、僕らが持つ父性には、自身の成長過程で形成される価値観(子供の誕生時に呼び起こされる父性)という側面と、子育て参加で芽生える本能的な側面がありますが、真の意味での「父性」がなければ、自分の子供がやがて持つであろう前者による「父性」にも影響を及ぼします。

 

また、この子供の誕生時に呼び起こされる、自身の成長過程で形成される父性のみを持っている場合の欠点を挙げるのであれば、先に述べた、正直ベースでのジレンマ(子供に対する煩わしさや、そう感じる自戒の念)を抱えたままの状態ですので、いつかそういったジレンマや糸の解れがネックになって、愛しているはずの子供を傷つけてしまいかねないという点です。

 

仮初めの父性では、ちょっとしたイライラや不都合なこと、不条理なことが起きただけで感情に起伏が生じます。

 

無暗に子供を傷つけるようなことはあってはなりません。ましてや、親だからといって傷つけていいはずもありません。

 

いなだナウ
こちらの都合で叱ったりしてしまう時は、本当に自暴自棄になるよな。

 

スクールオブ俺
確かに、悪影響が多そうだな・・・

 

このように、当たり前のように自身の成長過程において形成される父性と、子育てへの主体的参加によって芽生える、真の意味での「父性」を両方を兼ね備えることが、子供の成長にとって、非常に重要であることを理解していただけたと思います。

 

その上で、後者の「父性」をどう育てていくかを述べていきます。

 

この「父性」を育てる方法については、僕自身も現在進行形で取り組んでいる最中です。そのため、この方法についても実体験を重ねることでどんどんアップデートを重ねていくことになると思います。

 

但し、現時点で言える最良の策は次のように定義します。

 

それは、子育てに参加して感じる圧倒的不条理と、目まぐるしく変化する形勢(子供の趣味嗜好等)を随時理解しようと努力し、こういった日々感じる子育てへの思いやスタンスを、嫁等のパートナーと共有し擦り合わせを重ねること、になります。

 

特に、嫁と考えを共有することは、僕の「父性」の成長に大きく貢献していると確信しています。

 

父性が育つということは、子供の成長により主体的になっていくということを指しています。また、夫婦の認識や方向性が揃っていないと、なかなか主体的になれるものではありません。

 

つまり、子供や嫁の反応を気にしていたり、子育てに関する考え方の違い等で、夫婦が揉めてしまうようなことがあっては、主体的どころかいつしか敬遠しがちな対象となってしまうということです。

 

しかし、父親としての悩みと母親としての悩みは異なっていて当然ですし、お互いの成長過程や家庭環境によっては、子供への対応が異なってくるのは当たり前です。

 

そんな中でも、都度自分の考える子育ての最良策を、嫁と意見交換し、共にブラッシュアップを繰り返すことで、より主体的に子供と向き合うようにもなり、もっともっと本能的に父親としての行動が執れるようになってきます。

 

この嫁との育児意見交換は、本当におススメです。

 

バブリー
夫婦が仲良いのも、子育てには良い影響がありそうだな。

 

いなだナウ
おまえにしては正論だな。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか、「父性」の定義と「父性」の育て方。

 

これからパパになるプレパパの方も、本当に俺は父親としてやっていけるのだろうか、と悩む新米パパも、

 

あなたの感じる不安や迷い、時には自戒、そういった感情は特別なものではなく、誰しもが抱えているものです。

 

あなたが、建前でなく真の意味での「父性」を持てれば、そんな迷いもどうでもよくなるくらい、毎日一心不乱に子供の成長に向き合い、それを楽しむことができます。

 

自分の子供って本当にかわいいですよね、これからもお互いに頑張りましょう!

 

それでは、また。